昭和54年、中2の私は班ごとに給食を食べていたが、そこでソフトボール部のA野さんと仲良くなった。廊下側の後ろの席の私たちは、食べ終わった食器を廊下から前に返しに行ってた。ある日、2人で一緒に返しに行った時、廊下で牛乳瓶が割れてしまい、なぜかそれがとてもとても面白かった。次の日から、2人は食べ終わった食器を1つのトレーにまとめ、「今日は私が、いえいえ、今日は私が」と、喫茶店で支払いをする主婦のような子芝居を始め、わざと牛乳瓶が落ちるように仕向けた。割れない時は「おかしいな」と何度も拾っては廊下に瓶を打ち付けた。子芝居から割れるまで、はしゃぎまくり。もう誰にもこの変人たちを止められない。それは班が変わるまで続いた。すごい事に、私たちは毎日瓶を割った後、ほうきとちり取りで掃除し、割れた瓶をものすごく遠いゴミ置き場まで持っていってた。貴重な昼休みを削ってまで割り続けた私たちは、アホなのか真面目なのか自分たちにもわからない。これが今でいう「中二病」と言うやつだったのか?良い子は決してマネしないでほしい。